歴代
元号

れきだいげんごういちらん歴代元号一覧

大化(645年)から令和まで、日本の元号248をすべて時代順に並べました。読み方・改元の年・続いた年数つきです。

248元号の数
645最初の元号「大化」
昭和最長 約63年
令和現在の元号

日本の元号は全部でいくつ?

大化(645年)から令和まで248。ただし南北朝時代に並立した元号の数え方や、私年号を含めるかどうかで247〜249と幅があります。

元号(年号)は、645年の「大化」にはじまる日本独自の年の数え方です。もとは中国の制度にならったもので、天災・疫病・吉兆などを理由に一代のうちに何度も改元されていました。明治元年(1868年)に一世一元の制が定められて以降は、天皇一代につき元号は一つになっています。

西暦との対応について:表の西暦は改元が行われた年です。明治より前の日本は太陰太陽暦(旧暦)を用いており、元号の1年は西暦の1年とぴったり重なりません(元号年は西暦の2年にまたがります)。そのため昔の元号については年単位の目安としてご覧ください。西暦との正確な相互変換は、太陽暦になった明治以降の5元号で行えます。

元号名・読み・西暦のどれでも探せます。

長く続いた元号

続いた年数が長い元号
順位元号読み期間(西暦)続いた年数
1 昭和 しょうわ 1926〜1989 約63年
2 明治 めいじ 1868〜1912 約44年
3 応永 おうえい 1394〜1428 約34年
4 平成 へいせい 1989〜2019 約30年
5 延暦 えんりゃく 782〜806 約24年

改元年の差から算出した概数です。改元は年の途中で行われるため、実際の年数とは1年程度の差が出ることがあります。

飛鳥時代の元号(6)

元号のはじまり。大化のあと、白雉・朱鳥をのぞくと元号のない期間があり、大宝(701年)以降は途切れず現在まで続いています。

飛鳥時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
大化 たいか 645年 650年
白雉 はくち 650年 654年
朱鳥 しゅちょう 686年 686年
大宝 たいほう 701年 704年
慶雲 けいうん 704年 708年
和銅 わどう 708年 715年

白雉のあと朱鳥(686年)まで、また朱鳥のあと大宝(701年)までは、元号が使われていない期間があります。元号が途切れなく続くようになるのは大宝以降です。

奈良時代の元号(12)

「天平」を冠する元号が続いたのがこの時代の特徴です。四文字の元号(天平感宝・天平勝宝・天平宝字・天平神護・神護景雲)はすべてこの時代のものです。

奈良時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
霊亀 れいき 715年 717年
養老 ようろう 717年 724年
神亀 じんき 724年 729年
天平 てんぴょう 729年 749年
天平感宝 てんぴょうかんぽう 749年 749年
天平勝宝 てんぴょうしょうほう 749年 757年
天平宝字 てんぴょうほうじ 757年 765年
天平神護 てんぴょうじんご 765年 767年
神護景雲 じんごけいうん 767年 770年
宝亀 ほうき 770年 781年
天応 てんおう 781年 782年
延暦 えんりゃく 782年 806年

平安時代の元号(88)

約390年間でもっとも多くの元号が使われた時代です。天災・疫病・吉兆などを理由に、数年ごとの改元がくり返されました。

平安時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
大同 だいどう 806年 810年
弘仁 こうにん 810年 824年
天長 てんちょう 824年 834年
承和 じょうわ 834年 848年
嘉祥 かしょう 848年 851年
仁寿 にんじゅ 851年 854年
斉衡 さいこう 854年 857年
天安 てんあん 857年 859年
貞観 じょうがん 859年 877年
元慶 がんぎょう 877年 885年
仁和 にんな 885年 889年
寛平 かんぴょう 889年 898年
昌泰 しょうたい 898年 901年
延喜 えんぎ 901年 923年
延長 えんちょう 923年 931年
承平 じょうへい 931年 938年
天慶 てんぎょう 938年 947年
天暦 てんりゃく 947年 957年
天徳 てんとく 957年 961年
応和 おうわ 961年 964年
康保 こうほう 964年 968年
安和 あんな 968年 970年
天禄 てんろく 970年 973年
天延 てんえん 973年 976年
貞元 じょうげん 976年 978年
天元 てんげん 978年 983年
永観 えいかん 983年 985年
寛和 かんな 985年 987年
永延 えいえん 987年 989年
永祚 えいそ 989年 990年
正暦 しょうりゃく 990年 995年
長徳 ちょうとく 995年 999年
長保 ちょうほう 999年 1004年
寛弘 かんこう 1004年 1012年
長和 ちょうわ 1012年 1017年
寛仁 かんにん 1017年 1021年
治安 じあん 1021年 1024年
万寿 まんじゅ 1024年 1028年
長元 ちょうげん 1028年 1037年
長暦 ちょうりゃく 1037年 1040年
長久 ちょうきゅう 1040年 1044年
寛徳 かんとく 1044年 1046年
永承 えいしょう 1046年 1053年
天喜 てんぎ 1053年 1058年
康平 こうへい 1058年 1065年
治暦 じりゃく 1065年 1069年
延久 えんきゅう 1069年 1074年
承保 じょうほう 1074年 1077年
承暦 じょうりゃく 1077年 1081年
永保 えいほう 1081年 1084年
応徳 おうとく 1084年 1087年
寛治 かんじ 1087年 1094年
嘉保 かほう 1094年 1096年
永長 えいちょう 1096年 1097年
承徳 じょうとく 1097年 1099年
康和 こうわ 1099年 1104年
長治 ちょうじ 1104年 1106年
嘉承 かじょう 1106年 1108年
天仁 てんにん 1108年 1110年
天永 てんえい 1110年 1113年
永久 えいきゅう 1113年 1118年
元永 げんえい 1118年 1120年
保安 ほうあん 1120年 1124年
天治 てんじ 1124年 1126年
大治 だいじ 1126年 1131年
天承 てんしょう 1131年 1132年
長承 ちょうしょう 1132年 1135年
保延 ほうえん 1135年 1141年
永治 えいじ 1141年 1142年
康治 こうじ 1142年 1144年
天養 てんよう 1144年 1145年
久安 きゅうあん 1145年 1151年
仁平 にんぺい 1151年 1154年
久寿 きゅうじゅ 1154年 1156年
保元 ほうげん 1156年 1159年
平治 へいじ 1159年 1160年
永暦 えいりゃく 1160年 1161年
応保 おうほう 1161年 1163年
長寛 ちょうかん 1163年 1165年
永万 えいまん 1165年 1166年
仁安 にんあん 1166年 1169年
嘉応 かおう 1169年 1171年
承安 しょうあん 1171年 1175年
安元 あんげん 1175年 1177年
治承 じしょう 1177年 1181年
養和 ようわ 1181年 1182年
寿永 じゅえい 1182年 1184年
元暦 げんりゃく 1184年 1185年

鎌倉時代の元号(48)

武家政権の時代ですが、改元の権限は朝廷にありました。文永・弘安は元寇(蒙古襲来)の年号として知られます。

鎌倉時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
文治 ぶんじ 1185年 1190年
建久 けんきゅう 1190年 1199年
正治 しょうじ 1199年 1201年
建仁 けんにん 1201年 1204年
元久 げんきゅう 1204年 1206年
建永 けんえい 1206年 1207年
承元 じょうげん 1207年 1211年
建暦 けんりゃく 1211年 1213年
建保 けんぽう 1213年 1219年
承久 じょうきゅう 1219年 1222年
貞応 じょうおう 1222年 1224年
元仁 げんにん 1224年 1225年
嘉禄 かろく 1225年 1227年
安貞 あんてい 1227年 1229年
寛喜 かんき 1229年 1232年
貞永 じょうえい 1232年 1233年
天福 てんぷく 1233年 1234年
文暦 ぶんりゃく 1234年 1235年
嘉禎 かてい 1235年 1238年
暦仁 りゃくにん 1238年 1239年
延応 えんおう 1239年 1240年
仁治 にんじ 1240年 1243年
寛元 かんげん 1243年 1247年
宝治 ほうじ 1247年 1249年
建長 けんちょう 1249年 1256年
康元 こうげん 1256年 1257年
正嘉 しょうか 1257年 1259年
正元 しょうげん 1259年 1260年
文応 ぶんおう 1260年 1261年
弘長 こうちょう 1261年 1264年
文永 ぶんえい 1264年 1275年
建治 けんじ 1275年 1278年
弘安 こうあん 1278年 1288年
正応 しょうおう 1288年 1293年
永仁 えいにん 1293年 1299年
正安 しょうあん 1299年 1302年
乾元 けんげん 1302年 1303年
嘉元 かげん 1303年 1306年
徳治 とくじ 1306年 1308年
延慶 えんきょう 1308年 1311年
応長 おうちょう 1311年 1312年
正和 しょうわ 1312年 1317年
文保 ぶんぽう 1317年 1319年
元応 げんおう 1319年 1321年
元亨 げんこう 1321年 1324年
正中 しょうちゅう 1324年 1326年
嘉暦 かりゃく 1326年 1329年
元徳 げんとく 1329年 1331年

南北朝時代の元号(27)

朝廷が南朝(大覚寺統)と北朝(持明院統)に分かれ、それぞれが別の元号を用いた時代です。1392年の南北朝合一まで、同じ年に2つの元号が並立していました。「建武」は両朝で使われたため、どちらの表にも載せています。

南朝(大覚寺統)

南朝(大覚寺統)の元号一覧
元号読み改元(西暦)
元弘 げんこう 1331年 1334年
建武 けんむ 1334年 1336年
延元 えんげん 1336年 1340年
興国 こうこく 1340年 1346年
正平 しょうへい 1346年 1370年
建徳 けんとく 1370年 1372年
文中 ぶんちゅう 1372年 1375年
天授 てんじゅ 1375年 1381年
弘和 こうわ 1381年 1384年
元中 げんちゅう 1384年 1392年

北朝(持明院統)

北朝(持明院統)の元号一覧
元号読み改元(西暦)
正慶 しょうけい 1332年 1334年
建武 けんむ 1334年 1338年
暦応 りゃくおう 1338年 1342年
康永 こうえい 1342年 1345年
貞和 じょうわ 1345年 1350年
観応 かんのう 1350年 1352年
文和 ぶんな 1352年 1356年
延文 えんぶん 1356年 1361年
康安 こうあん 1361年 1362年
貞治 じょうじ 1362年 1368年
応安 おうあん 1368年 1375年
永和 えいわ 1375年 1379年
康暦 こうりゃく 1379年 1381年
永徳 えいとく 1381年 1384年
至徳 しとく 1384年 1387年
嘉慶 かきょう 1387年 1389年
康応 こうおう 1389年 1390年
明徳 めいとく 1390年 1394年

1392年の南北朝合一により元号は一本化され、北朝の明徳がそのまま用いられたのち、1394年に応永へ改元されました。

室町時代の元号(24)

応仁の乱(応仁元年=1467年)に代表される時代です。戦乱で改元の手続きが滞り、応永は35年と長く続きました。

室町時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
応永 おうえい 1394年 1428年
正長 しょうちょう 1428年 1429年
永享 えいきょう 1429年 1441年
嘉吉 かきつ 1441年 1444年
文安 ぶんあん 1444年 1449年
宝徳 ほうとく 1449年 1452年
享徳 きょうとく 1452年 1455年
康正 こうしょう 1455年 1457年
長禄 ちょうろく 1457年 1460年
寛正 かんしょう 1460年 1466年
文正 ぶんしょう 1466年 1467年
応仁 おうにん 1467年 1469年
文明 ぶんめい 1469年 1487年
長享 ちょうきょう 1487年 1489年
延徳 えんとく 1489年 1492年
明応 めいおう 1492年 1501年
文亀 ぶんき 1501年 1504年
永正 えいしょう 1504年 1521年
大永 だいえい 1521年 1528年
享禄 きょうろく 1528年 1532年
天文 てんぶん 1532年 1555年
弘治 こうじ 1555年 1558年
永禄 えいろく 1558年 1570年
元亀 げんき 1570年 1573年

安土桃山時代の元号(3)

織田信長・豊臣秀吉の時代。天正・文禄・慶長の3元号にあたります。

安土桃山時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
天正 てんしょう 1573年 1592年
文禄 ぶんろく 1592年 1596年
慶長 けいちょう 1596年 1615年

江戸時代の元号(35)

徳川幕府の時代。元禄・享保・寛政・天保など、改革や文化の名としても知られる元号が並びます。

江戸時代の元号一覧
元号読み改元(西暦)
元和 げんな 1615年 1624年
寛永 かんえい 1624年 1644年
正保 しょうほう 1644年 1648年
慶安 けいあん 1648年 1652年
承応 じょうおう 1652年 1655年
明暦 めいれき 1655年 1658年
万治 まんじ 1658年 1661年
寛文 かんぶん 1661年 1673年
延宝 えんぽう 1673年 1681年
天和 てんな 1681年 1684年
貞享 じょうきょう 1684年 1688年
元禄 げんろく 1688年 1704年
宝永 ほうえい 1704年 1711年
正徳 しょうとく 1711年 1716年
享保 きょうほう 1716年 1736年
元文 げんぶん 1736年 1741年
寛保 かんぽう 1741年 1744年
延享 えんきょう 1744年 1748年
寛延 かんえん 1748年 1751年
宝暦 ほうれき 1751年 1764年
明和 めいわ 1764年 1772年
安永 あんえい 1772年 1781年
天明 てんめい 1781年 1789年
寛政 かんせい 1789年 1801年
享和 きょうわ 1801年 1804年
文化 ぶんか 1804年 1818年
文政 ぶんせい 1818年 1830年
天保 てんぽう 1830年 1844年
弘化 こうか 1844年 1848年
嘉永 かえい 1848年 1854年
安政 あんせい 1854年 1860年
万延 まんえん 1860年 1861年
文久 ぶんきゅう 1861年 1864年
元治 げんじ 1864年 1865年
慶応 けいおう 1865年 1868年

近現代時代の元号(5)

明治元年(1868年)に「一世一元の制」が定められ、天皇一代につき元号は一つになりました。当サイトの変換ツールはこの5元号に対応しています。

近現代時代の元号一覧
元号読み改元(西暦) 詳細
明治 めいじ 1868年 1912年 明治の詳細
大正 たいしょう 1912年 1926年 大正の詳細
昭和 しょうわ 1926年 1989年 昭和の詳細
平成 へいせい 1989年 2019年 平成の詳細
令和 れいわ 2019年 現在 令和の詳細

元号はどうやって決まる?

現在は元号法(1979年制定)にもとづき、皇位の継承があった場合にかぎって政令で改元されます。候補は国文学・漢文学・日本史学・東洋史学の専門家に委嘱して考案され、有識者懇談会や閣議を経て決定されます。「令和」は日本の古典である万葉集から採られた、初めての国書由来の元号です。決め方の詳細は元号はどうやって決まるのかで解説しています。

南北朝時代に元号が2つあった理由

1331年から1392年までの南北朝時代、日本の朝廷は南朝(大覚寺統)北朝(持明院統)に分かれていました。それぞれが独自に改元を行ったため、同じ年に2つの元号が存在します。たとえば西暦1350年は、南朝では正平5年、北朝では観応元年にあたります。1392年の南北朝合一により元号も一本化されました。

なお現在の皇統は北朝の系譜ですが、明治時代の「南北朝正閏論」を経て、歴史上は南朝を正統とする扱いが一般的です。上の表では両方を系統つきで掲載しています。

四文字の元号

元号はふつう漢字2文字ですが、奈良時代には4文字の元号が5つありました。天平感宝・天平勝宝・天平宝字・天平神護・神護景雲で、いずれも749年から770年までの約20年間に集中しています。以後は2文字に戻り、現在まで4文字の元号は使われていません。

元号に使われた漢字

元号にはめでたい意味の漢字が繰り返し使われてきました。もっとも多く使われたのは「永」で、次いで「元」「天」「大」「治」「応」などが続きます。一方、令和の「令」は元号に使われた初めての漢字でした。

よくある質問

日本の元号は全部でいくつありますか?

大化(645年)から令和までで248あります。ただし南北朝時代に並立した元号の数え方や、私年号を含めるかどうかで247〜249と幅があります。

最初の元号は何ですか?

最初の元号は「大化(たいか)」で、西暦645年に定められました。大化の改新で知られる年です。

いちばん長く続いた元号は?

歴代でもっとも長いのは昭和(しょうわ)で、1926年から約63年続きました。次いで明治(約44年)、応永(約34年)、平成(約30年)です。

元号が2つ同時にあった時代はありますか?

あります。南北朝時代(1331年〜1392年)は朝廷が南朝と北朝に分かれ、それぞれが別の元号を用いました。1392年の南北朝合一まで、同じ年に2つの元号が並立していました。

昔の元号は西暦に変換できますか?

目安としては変換できますが、正確な一対一の対応はしません。明治より前の日本は太陰太陽暦(旧暦)を使っており、元号の1年は西暦の1年とずれるためです。当サイトの変換ツールは、太陽暦になった明治以降に対応しています。

「一世一元の制」とは何ですか?

天皇一代につき元号を一つとする制度です。明治元年(1868年)に定められ、それ以前は天災や吉事などを理由に一代のうちに何度も改元されていました。現在は元号法(1979年)にもとづき、皇位の継承があった場合にのみ改元されます。

現在の元号は何ですか?

現在の元号は「令和(れいわ)」です。2019年5月1日に始まりました。今日が令和何年かは「今年は令和何年」のページで確認できます。